研究テーマ
胎児期を含めた人生の最初の1000日の栄養状態は、その後の発育・発達にとても重要です。北海道大学COIに参画し、森永乳業株式会社をはじめとした多くの機関と協力して、妊娠中から産後の女性と子どもを、様々な健康データを利活用することで支えるサービス開発に取り組んでいます。私達は特に、データ基盤・分析システムの構築を担当しています。
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課題
【課題1】 近年の女性のダイエット志向による栄養不足や、高齢出産の増加などを原因として、2,500g未満で小さく産まれた低出生体重児が増加しています。図1に示す通り、日本では、その比率は9.4%にのぼり、OECD諸国の平均(6.4%)を大幅に上回っています。低出生体重児比率の増加に呼応するように、BMIが20%以下の女性(20~39才)の割合も増加しており、女性の栄養不足が原因の一つであることが疑われます。
その人に適した栄養や生活のアドバイスを妊娠中・授乳中の女性に提供することで、胎児期から乳児期の正常な発育をサポートすることが期待されています。
【課題2】 出産を支える日本の産科は、訴訟リスクや過酷な勤務状況などにより、医療従事者が不足している問題があります。自然分娩の場合、分娩時間が数十時間に及ぶことも珍しくなく、医師や看護師に大きな負担がかかっています。分娩室では、出産のタイミングを把握したり、母体と胎児の危険を察知することを目的に、妊婦さんのお腹にセンサを付けて、胎児心拍数陣痛図を計測します。この計測波形から胎児の危険度を検出することは、熟練の産科医でも難しく、危険を見逃してしまったり、不要な帝王切開をしてしまうといった課題があるため、より正確な危険度検出技術の開発が求められています。
ミッション
MISSION01①岩見沢市での母子健康調査と健康データ統合プラットフォームの構築
岩見沢市ご協力の下、多くの市民の方にご参加いただき、課題1の「その人に適した栄養・生活アドバイス」生成に向けて母子健康調査を推進しています。この調査は、図2に示すように、妊娠期から子どもが学童に成長するまで、定期的に便・母乳・食事情報などを参加者から提供してもらいます。それを分析してデータ化し、食と腸内環境を軸としたデータ分析を通じて、妊産婦および乳幼児の栄養や発育に関する因果関係を抽出し、参加者へアドバイスを提供するものです。
私たちは、母子健康調査で得られたデータを蓄積し、他の健康データと組み合わせて分析し、アドバイスなどを生成する健康データ統合プラットフォーム(PF)を開発しています。
MISSION02②健康データ統合PFと分析ツールの開発
上記①のPFの詳細を図3に示します。データ統合基盤は、開発したID連携技術により、住基番号による各種健康データの紐づけを可能にしています。データ統合基盤に関しては、現在、岩見沢市で実証を進めています。
蓄積したデータを用いて、住民や自治体、病院などへアドバイスや情報を提供するための分析・可視化ツールとwebアプリの開発を進めています。図4は、母子健康調査で検証している、妊娠期・授乳期の母の食事が子の将来の疾患リスクに影響を及ぼすという想定モデルです。母の食事は母の腸内環境に影響し、腸内環境は、胎児期から新生児には直接、乳児期には接触や母乳を介して子どもへ伝搬します。腸には免疫細胞の70%が集まっており、腸内環境の生育は子供の免疫機能、すなわち将来の疾患リスクに関係します。これら一つ一つの関係を明らかにすることで、モデルの検証を行っています。
MISSION03③機械学習を用いて、胎児心拍数陣痛図から胎児の酸欠危険度を予測する技術の開発
分娩中にの胎児心拍陣痛図(CTG)波形から、胎児の酸欠危険度の客観的な指標である臍帯動脈血pH(出産後にしか分からない)を予測します(図5)。pH値は、一般的に7.15を下回ると危険であると言われています。この予測技術により、分娩中に胎児の危険度を客観的に把握できるようになるため、処置の迅速化や不要な帝王切開を回避できることが期待されます。
1,000人分のCTG波形データを元に学習した結果、図6に示す通り、予測pH値と実際のpH値の間に、相関係数0.4の相関関係があることを確認しました。予測精度は80%以上(目標>70%)が得られたため、現在、リアルタイムでの予測をめざしてシステムの開発に取り組んでいます。